はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 221 [迷子のヒナ]

経験の浅いヒナにもその違いがわかり始めていた。

続きのあるキスと、そうでない時のキス。

さっきのは続きのあるキスだ。

文字どおり目の覚めるようなキス。息も吐けないほど、呼吸さえも忘れてしまうような、荒々しくも繊細なキス。強引なのにけっして傷つけないと誓いを立てるようなキス。

ヒナはすっかりジャスティンに心を奪われてしまっていた。

当然だ。
ジャスティンがいなければ悲しい体験も乗り越えられなかっただろうし、人を思い遣り愛する気持ちも、本当の意味では理解できなかっただろう。

「こうして欲しかったんだよな?」

ジャスティンの指が喉元を伝い胸元で止まった。寝間着のボタンを外し、裾をたくし上げ、ヒナが問い掛けに答えるように両腕を頭の上にあげると、寝間着をするりと引き抜いた。

外気に肌が晒され、ヒナはぶるっと震えた。たがヒナの身体は燃えるように熱く、震えたのは興奮と期待からに他ならなかった。

「ジュスも脱ぐ?」

聞くと同時に、ヒナはジャスティンのナイトガウンの腰ひもを探り当てていた。ジャスティンの肌に触れたかった。一刻も早く。ひもを引っ張ると、半分ほど見えていた胸がすっかり姿を現した。ヒナのように薄っぺらくなく、硬くて盛り上がった筋肉質な上半身に思い切り抱きついた。

肌と肌が触れた瞬間、強烈な欲望がヒナを襲った。それを証明するように、ヒナの男の部分はこれまで以上に硬く張りつめていた。血が沸き立ち、激しく脈打つ。けれどもそれ以上に、ヒナの身体に触れるジャスティンのものは、熱く硬く、限界を知らないかのようにその大きさを増している。

これに奪われたい。

ヒナの内なる感情が勝手に頭の中で声を発した。つい昨日まではまったく知らなかった愛の行為に、たった一度とはいえすっかり虜になっていた。

「ヒナはせっかちだって言ったことあったか?」ジャスティンが悪戯っぽく訊いた。その手はすでにヒナの身体を探索し始めていた。

「しつこいって言われた事はある」ヒナはジャスティンの心地よい愛撫に気を逸らされながらも、すこしだけ拗ねたように返した。しつこくっても、そこが好きなんでしょ?と目顔で訴えた。

ジャスティンが笑った。ヒナの鼻先を指で弾き、キスをする。笑い声は口元でくぐもり、ヒナも一緒になって笑った。

つづく


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迷子のヒナ 222 [迷子のヒナ]

「ヒ、ヒナッ!まだダメだ」

いくら呑み込みの早いヒナだからといっても、ある程度のプロセスを経てから出ないと、そこには辿り着けない。

「どうして?」ヒナが切なげな声で尋ねた。

「どうして、じゃない。いいから離しなさい」ジャスティンがぴしゃりと言う。

ヒナは抗議する代わりに下唇を突き出した。

このっ!

ジャスティンは突き出された唇に噛みついた。もちろんそっと優しく。

まったく、かわいいったらない。が、せっかちなヒナを止めなければ。まだ準備が整っていないのに、我が息子を鷲掴みにして、自分へと導こうとしているのだ。

「だって、こうするんでしょ?」とヒナは、まるで何度もそうしたことがあるかのように言った。たった一度しかした事がないのに。

「そうするが、とにかく落ち着こう。今夜はゆっくり進めたいんだ」ジャスティンはヒナの上気した頬にチュッと口づけた。ヒナのなかへ入るのは、もっと喜ばせてからだ。

「ゆっくり?」そう尋ねながらヒナは手に力を込めた。

「ヒッ、ナ。ぎゅっとしてはダメだ」気持ち良すぎておかしくなりそうだ。

「そうなの?」

「こ、こらっ!だからって優しく擦るのもなしだ」

ジャスティンはヒナの手の上に自分の手を重ねた。引き剥がそうと動かしたが、ヒナの手を借りて自慰をしているような気にさせられただけだった。ジャスティンはひとり気恥ずかしくなった。

今夜のヒナは従順とはいかないようだ。

だったら好きにさせてはどうだろうか?

二人で自由気ままに楽しめばいい。ヒナが俺を弄びたいのならそうさせればいい。その代りこっちはもっともっとヒナで遊んでやる。

例えば、目の前の薄桃色の小さな乳首を舐めて舌で転がし、吸い上げ、歯を立て、執拗にいたぶるっていうのはどうだろうか?それでもヒナは手を緩めないだろうか?愛撫に歓喜の声をあげながらも、小さな手で俺を責め立てるのだろうか?

結果は――

返り討ちに遭った。

ジャスティンはヒナに乳首を噛まれ、人生でこれほど恥ずかしい事はないという声をあげてしまった。乳首は唯一と言っていい、ジャスティンの弱点だった。

ヒナは興奮のあまり腰を突き上げてくるし、これではヒナに圧し掛かられるのも時間の問題だ。これは非常にまずい。

とにかく悪戯なヒナの暴走を止めて、早々にこの身を埋めなければ、ジャスティンはもっともっと恥ずかしい声をあげる羽目になるだろう。

つづく


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迷子のヒナ 223 [迷子のヒナ]

もう充分遊んだ。

ヒナは大きなベッドの上をゴロゴロと転がり、ジャスティンはそれを追いかける。ジャスティンがヒナの身体を手や唇や舌で余すことなく愛撫すれば、ヒナも同じようにやりかえす。

息が上がり身体はとろけ、もうあとは繋がるしかない所まで、やっとこぎつけた。長い道のりだった。時間がどのくらい経ったのか分からないが、日付が変わっている事だけは確かだ。

ジャスティンの大きな手がヒナの両手を頭上でまとめ上げた。

ヒナは身を捩り抵抗したが、本気でないのはジャスティンでなくともわかっただろう。ニコニコとして、これから起こることへの期待で目を輝かせているのだから。

もう遊びは終わり、そう目顔で告げた。

途端にヒナの顔が服従するようにうっとりとしたものに変化した。

まるで好きにしてと言わんばかりの、心を揺さぶられる艶っぽい表情に、ジャスティンは堪らず呻いた。

一刻も早く熟したヒナの身体を我がものにしなければ、気が狂ってしまう。ジャスティンはベッドに膝をつき、ヒナの足を広げ腰に巻き付けさせた。

ヒナは戒めを解かれても、両手を頭上にあげたままで、完全に受け身の態勢に入っていた。さっきまで暴れていたのが嘘のようだ。

ジャスティンはゆっくりとヒナを満たしていった。慣れない行為にヒナは時折眉間に皺を寄せたり、驚いたように目を丸くしたり、下唇を噛んだりしていたが、ジャスティンと奥深くまでつながると、一度だけホッと息を吐いた。

努力しているんだからね、と言われた気がした。

ジャスティンはそれに応えるように、緩やかな動きでヒナに悦びを与えた。もしかするとまだ苦痛の方が大きいのかもしれないと、幾度となくヒナの表情を伺ったが、ヒナはただただ満足の態でジャスティンにすべてを委ねていた。

今夜何度目かの愛おしさが込み上げ、ヒナを両手でぎゅっと抱いた。ヒナに出会う以前、ジャスティンの知る愛は責苦を伴うものだった。それが当然だった。

けどいまは違う。不安や苦悩はもちろんあるが、それ以上の歓びが不安や苦悩さえも帳消しにして、二人の絆をより強固なものにしていくのだ。

どんな困難にも二人で立ち向かおうと、結束もした。すべてを分かち合い共有し合う。

なかなか手に負えないが、ヒナは紛れもなく伴侶だった。

腕の中で身悶えし、嬌声をあげる愛しいひと。

そんな満ち足りた気持ちのジャスティンに、突如ヒナは一昨日の朝と同じようにがぶりと噛みついた。まだ生々しい噛み痕の残るその場所に。

痛みの記憶とともに呼び起された快感に、ジャスティンはなすすべなく粉々に砕け散った。

つづく


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迷子のヒナ 224 [迷子のヒナ]

主人の肩の傷が昨夜見た時よりも悪化していたとしても、よくできた使用人というものは見て見ぬふりをするものだ。

だが、ウェインはよく出来た使用人ではない。ついでに言えば、ヒナと同じように好奇心を隠しきれないタイプで、おまけに図々しい。

「旦那様、昨日よりも絶対悪化してますよっ!紫色が濃くなって、また血が滲んでます。湿布を貼りますか?」

「いい、かまうな」ジャスティンはウェインの手を払いのけると、シャツに袖を通しながらちらりと鏡で肩の傷を見た。

悪化しているなんてもんじゃない!明らかに痛みも増しているし、傷口が腫れあがっている。やはり湿布をしておくべきだろうか?このままではシャツに血が滲んで、ホームズにネチネチと小言を言われるのがおちだ。

「やっぱり、湿布を貼った方が……」ウェインが鏡を覗き込んでぼそりと呟くように言った。

「だったらさっさと用意しろ。時間がないんだ」時間がないのは自分のせいだ。いや、ヒナのせいだ。ヒナがもっともととせがむから。ああ、違う。ヒナを欲しがったのは自分だ。何度も何度も繰り返しヒナを抱いた。

「は、はい!」ウェインがバタバタと部屋を出て行った。

まったく。いつまでたっても静かに部屋を出て行くという事が出来ないらしい。

ジャスティンはヒナを心配して、部屋をうろうろと動き回った。朝目覚めた時、ヒナは腕の中で死んだように眠っていた。

呼吸さえもしていないのではないかというように、ぐったりと横たわり、身体にはいくつもの鬱血痕を残し、あまりに悲惨な姿をしていた。寝顔が微笑んでいなければ、もう二度とヒナを抱くまいと思ったことだろう。

どちらにせよ、しばらくは控えなければいけない。このままではヒナを壊してしまう。これほどまでに自制が効かないなどと誰が想像しただろうか。いくらなんでも酷過ぎる。

今日の買い物ではヒナの好きなものを好きなだけ買ってやろう。デザートも頼み放題食べ放題、お土産も用意させておこう。

それで埋め合わせが出来るとは思わないが、当分はヒナの言う事は何でもきく覚悟だ。それが例え、何ブロックか先の兄の屋敷に遊びに行きたいという願いでも、喜んで応じる構えだ。

それにしてもウェインはいったい何をしている?屋敷の外、いや、郊外まで湿布を取りに行ったのではあるまいか?

痺れを切らしたジャスティンは、血が付こうが構うものかと、再びシャツに袖を通した。

つづく


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迷子のヒナ 225 [迷子のヒナ]

ヒナの支度に予想もしなかったほど時間が掛かってしまい、約束の時間にホテルへ到着することが難しくなったため、お楽しみの買い物は後回しになった。ヒナは残念がる余裕もないほどぐったりとしていて、ジャスティンに抱きかかえられて馬車に乗り込む始末だった。

ジャスティンは罪悪感でどうにかなりそうだった。

ヒナははしゃぎ過ぎた自分を悔やんでいた。

「ねえ、ジュス……今日、勉強できるかな……?」ヒナは寄り掛かるジャスティンの腕にしがみつき、物憂げに言った。

ジャスティンはヒナのふんわりとした髪に口づけ、頭の中で今日の予定を組み直した。何よりも最優先なのは弁護士との面会。おそらく今日のところは事実確認だけだろうが、これがどのくらいの時間掛かるのか見当もつかない。

「二時だったか、先生が来るのは。もしかすると買い物の時間が取れないかもしれないな。今日はお休みにするか?」たかが家庭教師。明日出直せと言うのは簡単だ。

「ううん……そうじゃなくて」時間ではなく、集中力の問題。ジャスティンとの濃密過ぎる一夜を過ごしたあととあっては、まともに頭が働くはずがない。この一週間の出来事を報告するのが精一杯といったところだろうし、実のところ喋る気力が湧きあがって来ないのだ。

「いや、やっぱり今日は勉強はナシだ」ジャスティンはきっぱりと言った。本当はすべての予定をキャンセルして、ヒナと一日、ただのんびりと過ごしたかった。窮屈な服を脱ぎ、面倒なことは考えず、とりとめのない会話をして――むしろ無言でもいい――ゆったりと何にも縛られない時間を享受したかった。

「うん」

「先生にはきちんと言付けておくから、何も心配はいらない。お土産も明日渡せばいい」

お土産といっても、農家の納屋につるされているようなカゴだ。ヒナがなぜそんなものをアダムス先生のお土産にしようと思ったのかは謎だが、ジャスティンは深く考えないようにした。ヒナの思考は考えたところで理解できるものではない。

目的の場所に近づくにつれ、ヒナの身体が強張るのを感じた。

緊張している。

それはジャスティンも同じだった。

そしてそれをほぐす方法はひとつしかなかった。
ジャスティンはヒナの顎をとり、軽く上を向かせると、吸い込まれてしまいそうな程清く澄んだ瞳を覗き込み、優しく愛情をこめて唇を重ねた。

つづく


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迷子のヒナ 226 [迷子のヒナ]

ホテルに到着したのは待ち合わせ時間のほんの三分前だった。

早過ぎもせず、遅れてもいない。

現時点では。

相手を待たせるのは本意ではない。誰しもそうだろう。特に自分は貴族ではなく商売人だと自負しているジャスティンならなおさら。

だが、よちよち歩きのヒナと一緒ではどうにもならない。

ホテルにはもう入っている。ロビーも通り過ぎた。やっとのことで中庭に面したティールームへと足を踏み入れたが、目的の場所は一番奥まった席、あの衝立の向こうだ。

ちょうど男が立っている、あの衝立の向こう。

ジャスティンは遅々として進まないヒナにじりじりとしながらも、すべては自分のせいだと、亀のような歩みにも広い心で寄り添った。その間にも目の前に見える弁護士と思われる男に視線を這わせた。

上から下まで、細部に至るまで。

たかが事務弁護士のくせに、やけに仕立てのいい服を着ている。おそらくうちが贔屓にしている仕立屋と同じだろう。あまりにも美しくはかなげな金髪に青い瞳の青年は、この重大事案を受け持つにはあまりに若く見えた。

小柄で貧弱、緊張からか身体の脇で握った手が小刻みに震えている。

こんなやつで本当に大丈夫なのか?それがジャスティンの弁護士に対する第一印象だった。

遅れること数分、やっと弁護士と挨拶を交わせるまでに至った。

最初に言葉を発したのは弁護士。

「コヒナタカナデさんとバーンズさんですね。はじめまして」と気さくに声を掛けてきた。

バーンズさん?ジャスティンは眉を顰めた。馴れ馴れしく呼ばれる事に慣れていないのだ。

「ヒナだよっ!」とヒナはいつものように訂正した。

弁護士は一瞬きょとんとしたがすぐにまばゆいばかりの笑顔を見せ「ぼくは、アンディ・スタンレーです。グレゴリーさんからざっとお話は伺っていますが、ヒナさんからもっと詳しいお話を伺えたらと思います。今日はよろしくお願いします」と、衝立の向こうへ依頼人を促した。

グレゴリーさん?ジャスティンはまたしても眉を顰めた。いったいこの若い弁護士は何者だ?

スタンレーと名乗ったか?そうだ、手紙にもそう署名してあった。

そこでジャスティンはある事実――あまりにも衝撃的な事実――に思い至った。

昨日ジェームズが言っていたのはこの事か。この青年はあのアルフレッド・スタンレーの息子なのだ。ということは……こいつは俺と同い年か?どちらかといえばヒナと歳が近そうに見えるが、紛れもなく彼は二十七歳の青年なのだ。

父親の力がどれほどかは知っているが、このいかにも頼りなさそうな息子がヒナのために微力ながらも力になれるのだろうかと、ジャスティンは一抹の不安を覚えた。

あまりに不安で仕方がなかった。

つづく


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迷子のヒナ 227 [迷子のヒナ]

父親が弁護士事務所の所長であるスタンレー弁護士には、あまりに大きな後ろ盾があった。

その後ろ盾は金の縁取りのある衝立の向こうに存在していた。あきらかに待たされている事への不快感を募らせ、時間の読めない依頼人――彼にとっては依頼人でもなんでもないが――に睨みを利かすだけでは物足りないといった風情で。

さすがのジャスティンも怖気を振った。ヒナもさも恐ろしいとばかりに、後ろに隠れた。

弁護士がグレゴリーさんなどどのたまう理由もわかった。

強力過ぎる後ろ盾は、ランフォード公爵エドワード・スタンレーその人だった。

アルフレッド・スタンレーの甥で、つい最近亡くなった祖父の爵位を受け継いだ彼は、この蒼白い顔の弁護士とはいとこ同士という事になる。いくら自分が未熟だからといって、公爵に付き添ってもらう必要があるのか?

それとも公爵なら、ヒナがすべてを取り戻すために必要な面倒な手続きを一も二もなく、あっという間に済ませられるというのか?

「あ、すみません」微妙な空気が流れていることに遅ればせながら気付いた弁護士が、およそ慌てているとは言い難い口調で言った。「エディ、じゃなくて――えっと、公爵はその――」

公爵が軽く手をあげ、弁護士の口を閉じさせた。「ランフォード公爵だ」と低く硬い声で言い、ジャスティンの陰に隠れるヒナに視線を注いだ。

「ヒナだよ」ヒナはおずおずと言い、物陰から歩み出ると「おじさんも弁護士なの?」と公爵だと名乗った事などまったく聞かなかったかのように尋ねた。

ジャスティンはぎょっとし、名を名乗るタイミングを失してしまった。

公爵は軽く眉をあげ「それほどは偉くない」と表情を緩めて答えた。その傍らで弁護士が顔を赤らめはにかんだ。

途端に、兄よりも遥かに冷ややかな公爵のアッシュグレイの瞳が温かみを帯びた。アンディの反対を押し切って同席しているのだと断りを述べ、ジャスティンとヒナに席に着くように促した。

よちよち歩きのヒナは空いている席に座ると、辺りをきょろきょろと見回した。

「もう頼んだの?」と誰ともなしに尋ねる。

「えっと、飲み物かな?いちおう紅茶を頼んでおいたけど、よかったかな?」弁護士が席に着きながら答えた。

「チョコはある?アイスは?レモンケーキは?」

弁護士の額にうっすらと汗が滲んだ。どうやらデザートを注文し損ねたことでパニックを起こしかけているようだ。

君は悪くないとジャスティンは言ってやりたかったが、その前に公爵が弁護士の腕に手を置き「すぐに給仕を呼ぼう」とその場を取り繕った。

その愛情のこもった仕草に、ジャスティンは公爵に対して言い知れぬ親近感を抱いた。

おそらくこの若い弁護士はこれが初仕事なのだろう。重要な話し合いでデザートの注文が特に必要のないものだと気付かないのも無理はない。不手際でもなんでもないのに、可愛そうなことをした。

と、つい同情したが、彼はジャスティンと同じ二十七歳だった。いい大人だ。

まったく。この奇妙な感覚は何なのだろうか?

まさか公爵の噂の愛人が彼というわけじゃないだろうな?そんなことあるはずがない。だって彼はいとこだぞ。

つづく


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迷子のヒナ 228 [迷子のヒナ]

ヒナはドキドキしていた。

ひとつは、ヒナの想像する弁護士と目の前の弁護士の姿があまりにもかけ離れていたから。どちらかといえば隣の全身黒っぽい人の方が弁護士に見える。ちなみにもうひとつのドキドキの原因は、次々と運ばれてくるデザートで、決して小さくはないテーブルが埋め尽くされようとしていたから。

本物の弁護士はアンディ・スタンレーと名乗った。

アンディ。

ヒナはこの名前が気に入った。だからちょっとばかし頼りなさそうに見えても、アンディを信頼してすべてを任せようと心に決めた。

「ねえ、どうしてそんなにぺたんこの髪にしてるの?」ヒナはアンディに尋ねた。綺麗な髪なのに頭に張り付けられていてもったいない。

「ぺ、ぺたんこ?」アンディは困った顔で隣に座る公爵を見た。

公爵はランフォードと言った。

呼びにくい。それにおじいちゃんの名前とも似ている。間違えないようにしなきゃ。

ヒナはふと、さきほどアンディが公爵の事をエディと呼んでいたのを思い出した。

エディ。

呼びやすい。これにしよう。

エディはジュスと同じ黒い髪を無造作にうしろへ流しているだけで、とくに気取った様子もなく、とても寛いで見えた。目は不思議な色をしていた。ヒナが今まで見た事のない色だ。例えるならヒナのアイスクリームに添えられている――もう食べちゃったけど――、ちょっと使い古したシルバースプーンみたいな色。

使い古したスプーン!
そんなこと言ったら、きっとエディは気を悪くして、ヒナとジュスを引き離してしまう。だってこんなに恐い顏なんだもん。絶対変なことは言っちゃだめだ。

それにしてもアンディはすごく堅苦しい。椅子の背にもたれようとしないし、出されたアイスが溶けていくままにしている。もったいないっ!

よく見るとヒナ以外誰も手をつけていない。みんな甘いものが嫌いなのかな?ジュスはあんまり好きじゃないって言ってたけど。

あ、でもエディはチョコレートをつまんで口に放り込んだ。あれヒナが狙ってたやつなのに。

「ジュス、あのチョコ、ヒナのお皿に乗せて」ヒナは鼻の穴を膨らませ、テーブルの真ん中あたりに置かれている銀器を指差し言った。

するとエディが銀器ごとヒナの方に押しやった。

「あ、あぶないっ!ヒナの紅茶がこぼれちゃう」

ぎゅうぎゅう詰めのテーブルの上で銀器と陶器がぶつかり、陶器がヒナのティーカップを押したのだ。

「大丈夫だからヒナ、落ち着きなさい」ジャスティンが素早くテーブルの上を整え、ヒナの目の前にチョコレートを差し出した。

「お、落ち着いてる……もん」と言ったものの、まわりの視線が嘘つきと告げていた。ヒナは紅茶を啜り、チョコレートを口に入れて「アイス、溶けちゃうよ」とすまし顔で言った。

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
フツーにお茶会!? 

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迷子のヒナ 229 [迷子のヒナ]

ヒナはやや興奮しながらも――ヒナはいつでも興奮している――自分がどこの誰で、どういう経緯でこの国へやって来たのかを説明した。

「なにか身元を証明できるものはありますか?」弁護士がヒナに尋ねた。

「証明?ヒナが嘘をついているとでも?」ジャスティンは憤りも露に抗議した。

「そんな事は思っていません。ただ手続き上必要なので」弁護士はぎこちなく右から左へと流された前髪を撫でつけ、こほっと咳ばらいをした。

「ニコから貰った時計があるよ」ヒナがポケットから懐中時計を取り出した。「ほらここ」名前の彫ってある部分を指差し、得意げに微笑んだ。

「あ、本当ですね。ではあとでニコラさんにも確認を取ります」と、ホッとしたように言った。

「それなら」とジャスティンは上着の内ポケットから写真を取り出し、弁護士に突きつけた。「これは日本で撮った家族写真だ。ヒナと両親が写っている」

「おじいちゃんも」とヒナが付け加える。

「これもニコラから貰ったものだ」文句があるなら確認してみろとばかりに言う。

「アンディ、本当にこんなことは必要なのか?この子は自分はカナデだと言っているし、日本から来たことも間違いない。本人がそう言うんだから、疑いようがないだろう?」公爵が口を挟んだ。

途端に弁護士――アンディは自信を無くしたようで、弱弱しく反論してみせた。「ぼくは疑っているわけじゃ……」

「そうだよ!アンディはヒナを疑ってなんかない」なぜかアンディを援護するヒナ。

それに気を良くしたのか、アンディは弱気な部分を振り払うようにかぶりを振ると、背筋を伸ばして、それから少しだけ前のめりになり、声を落として話し始めた。

「ちょっと調べてみたんですけど――といっても、お父さんがほとんど調べたんですけど――日本から来たコヒナタ一家がこの国で亡くなっていることは確かなんです。問題は、どこでどのようにして亡くなったのかはが定かではないということなんです。身元確認は日本の親戚――えっと名前は、コヒナタ、イサムが――」

「おじさんだ!」

おじさんか。ヒナがいなくなることで得をする人物だな。ジャスティンは胸の内で呟き、事件が有耶無耶になった経緯を頼りない弁護士に話すべきかどうか逡巡した。

そこでふとある思いに至った。

ニコラはヒナは追剥ぎに襲われたとほぼ断定していたが――おそらくそうだろうが――別の見方をすれば、追剥ぎがコヒナタ一家を故意に狙った可能性だってある。イサムが財産を横取りするために。馬鹿馬鹿しい考えだが、計画されていたからこそ後始末が早かったのではないだろうか?そうなると、もみ消しに加担した者もグルという事になる。

例えばラドフォード伯爵とかクレイヴン卿とか。

考えすぎだ。こんなむごたらしい現実があってはならない。ジャスティンは今考えたことを即座に否定し、心の奥にしまった。

ヒナは運悪く、強盗に遭った。本当に運が悪い。それを揉み消した人物がいる。ただそれだけだ。そしてヒナを手放したくなくて、誰の目にもつかないように屋敷に閉じ込めておいた人物が問題をややこしくしたのだ。

もしかすると一番罪深いのはこの俺なのか?

つづく


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迷子のヒナ 230 [迷子のヒナ]

ヒナが用を足すため席を立った途端、それまであまり口を挟まなかった――一度だけわざとらしく、ヒナを擁護するような発言をした――公爵が、焦れたように苛々と口を開いた。

「アンディ、あの子の前で両親の死を口にするはずじゃなかっただろう?」

「だって……」とちらりとジャスティンを見る。まるでジャスティンが悪いとでも言いたげに。

縋るような目つきがどことなくヒナのそれと重なる。守ってあげなければと思わせるような、儚さを秘めた澄んだ瞳は、保護欲をかき立てる。

「別にヒナは気にしない。どうちらにしても避けて通れない話ですし」渋々ジャスティンはアンディを弁護した。

あきらかにこの案件は、未熟な弁護士の手に余る代物だ。依頼したグレゴリーの選択ミスだ。

「あの子が戻ってくる前に要点だけ言っておく。身元の証明は難しい。証拠はあるが、あの子の伯父は認めないだろう。金が絡んでいる場合特に。カナデは死んだ。そんな子知らないと言われれば終わりだ。それにレディ・ウェントワースの証言はあまり期待しない方がいい。コヒナタアンとアン・ラドフォードが同一人物だと認めたくないものがいる限りは」

「ややこしいな」ジャスティンは思わず呟いた。

死んだのはコヒナタアンで、アン・ラドフォードは今でも生きていて――フランスに住んでいることになっている――結婚すらしていない。

「証明するためには、ラドフォードに自分の娘が死んだことを認めさせなければならない。結婚して日本へ渡った事、孫がひとりいる事を」

まるで容易い事だと言わんばかりの口調に、ジャスティンは相手が自分よりも遥かに力を持った人物だという事を一瞬忘れてしまった。

「もともとあの男がそれを認めていれば、ヒナはとっくに家族の元へ帰っていた」

言ってしまってから、己の口調の刺々しさに顔を顰めたが、当の公爵は特に気にも留めていないようだった。

「いまは君が父親代わりと聞いたが」公爵が尋ねた。

「ええ!そうです、閣下」ジャスティンはヒステリックに答えた。

女じゃあるまいし、金切り声を出すなどどうかしているが、公爵が何もかも知っていることに動転しているし、たかが自分の身元を――いくらヒナがこの国の人間でないにしても――証明するにしては問題が多すぎる。

「スタンレーでいい」公爵が素っ気なく言う。どうやらいまだにランフォードに馴染めないようだ。彼が数年来、祖父であるランフォード公爵と仲違いしていたのは有名な話だ。

「エディはスタンレーっていうの?」

背後でヒナの声が聞こえた。どうやら用足しから戻ってきたようだ。
それにしても、いつのまに公爵をエディなどと呼ぶようになったのだ?弁護士のことも勝手にアンディと呼んでいたし。

振り向くと、ヒナはオリーブ色の上着の裾から、ズボンに仕舞い損ねたシャツをはみ出させていた。

まったく、もう。

ジャスティンはヒナが席に着く前にシャツをズボンの中に入れてやり、前髪を留めているリボンを直してやった。

「そうだ。エドワード・スタンレーという。君はなかなか手のかかる子供だな」

公爵の面白がるような声にハッとした。ヒナがあまりにもだらしないものだから、つい父親のような振る舞いをしてしまった。恋人だと思われなかっただけマシだと思う事にしよう。

「アンディと同じ名前だ!もしかしてお父さんなの?」

『うぐっ』というくぐもった呻きが、ヒナ以外の三人の喉の奥から漏れた。

エディはお父さんなんかじゃ――とうっかり特別な意味合いを込めて反論するアンディに、いくらひと回りも歳が離れているからといって、お父さんと間違われる屈辱にエドワードは息を詰まらせ、そしてジャスティンはそんな二人の姿を見て、とうとう確信した。

彼らは俺たちと同じだ。
左手の薬指に輝く揃いの金の指輪が、それを証明していた。

つづく


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